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仙台地方裁判所 昭和44年(ワ)87号 決定

原告 安斎裕

被告 社会保険診療報酬支払基金労働組合

主文

本件申立を却下する。

理由

被告訴訟代理人の本件申立の趣旨及び理由は別紙移送申立書記載のとおりである。

一、管轄違いにもとづく移送の申立について

原告は被告の住所が東京都新宿区であるのに、被告組合の宮城支部の所在地を管轄する当裁判所に本件訴を提起して来たことは記録上明かであるところ、成立に争いのない乙第一号証および証人上口制の証言によれば、被告組合が所属組合員を除名するためには同組合の大会あるいは中央委員会の決定によるべきことが同組合の規約上定められており、本件においても、被告組合は昭和四三年二月八日の中央委員会において原告を除名処分にした事実が認められ、右事実よりすれば本件訴が当裁判所の管轄に属するかどうかは多少の疑問なしとしない。

しかし、成立に争いのない、乙第一号証、双方弁論の趣旨から成立を認められる乙第二号証の二によれば、被告組合は基金本部及び各都道府県の基金事務所毎に支部を設け各支部には支部総会及び支部執行委員会が設置され、組合の目的達成を計るため、支部役員として、支部長、副支部長、書記長、執行委員、会計監事を置き、中央執行委員会の指示に従うとともに支部独自の規約に則つて任務を遂行することとなつている。組合員は基金の職員として採用されたものだが、その資格を取得し組合に加入しようとする者は所定の加入届に記名捺印のうえ、所属支部長に届出で、支部長は加入届を添えて中央執行委員長に報告し、その承認を受けることが規定され、また脱退についても所属支部長はその旨を中央執行委員長に届出ることになつている。そして支部役員は支部独自の選挙規約に則りこれを選任し、また支部の経費は組合費、臨時費およびその他雑収入で充当することとされ、支部の予算および決算は会計年度ごとに支部総会の承認を受けることと規定されている事実が認定できる。右認定の事実によれば、被告組合に対する宮城支部の関係は民事訴訟法第九条にいわゆる事務所又は営業所と解して差支えない。

しかして、本件除名に至るまでの経過を検討してみるに成立に争いない甲第一、二号証、証人佐藤哲雄の証言により成立の認められる甲第三号証に同証言、証人上口制の証言および原告本人の供述によれば、中央執行委員会による除名処分の前である昭和四三年一月一〇日に宮城支部は原告に対し同人の組合員としての権利義務を一さい停止するなどの制裁を加え、さらに同月二四日に、同支部は臨時総会を開いて原告を除名処分に付し、その旨は、その頃、支部長を通じて、被告組合に報告され他方組合本部でも中央委員会において原告の除名処分を決定するにあたり来仙して事情を聴取し、手続を履践のうえ前記のとおり、同年二月八日原告を除名処分に付した事実を認定することができる。支部の独自性並びに組合員の加入、脱退の手続が支部長を通じておこなわれている前記説示の事情並に右認定の事実を併せ考えると除名を含めて、組合員の身分の得喪変更に関する事務も、結局は支部におけるなんらかの法的、事実的関与があつて遂行されているという業務の実態を窺うことができる。証人上口制は支部の除名処分は無効であると言うけれども、それは同人の見解としての法的評価を述べたにすぎないものであつて、日常取扱われる業務の実態を否定し去るものではない。同証言によれば、支部の決定と相違した大会ないしは中央委員会の決定が出されたようなことは今日まで経験していないというのであるから、法的評価はともかく、除名処分に対する事実上の関与は支部において相当に度合いの高いものであることが推察される。してみると本件除名処分は宮城支部の業務に関するものと言うことができるのであつて、本件訴は民事訴訟法第九条により当裁判所の管轄に属するものと解することができ、被告の管轄違いの主張は採用できない。

二、被告の損害または遅滞を避けるための移送申立について

前記甲第一、二号証によれば、本件は宮城地方労働委員会に原告が証人として証言したことが事件の発端となったことが明かで、原告は宮城支部所属組合員であつて、仙台市に在住していることおよび本件除名処分にあたり宮城支部の果した前記説示の役割等よりすれば証人等はむしろ当裁判所管内に居住するものの尋問申出が多く予想される。以上の事実を総合すれば本件訴を東京地方裁判所に移送するよりも当裁判所において審理を進めた方が訴訟の遅滞と損害をさけ得るものと認められる。

よつて、被告の申立はいずれも理由がなく主文のとおり決定する次第である。

(裁判官 三浦克己 千葉庸子 平良木登規男)

別紙

申立の趣旨

本件を東京地方裁判所に移送する旨の決定を求める。

申立の理由

一、民事訴訟法第三〇条による管轄違に基ずく移送

(イ) 民事訴訟法第五条による管轄なきことの主張

民事訴訟法第五条による特別裁判籍については、財産権上の訴に限り認められることは条文上明白である。とするならば、本件の如き、組合員除名という人事事件については本条の適用はないものといわねばならない。よつて、民事訴訟法第五条に基ずく特別裁判籍の主張は妥当でない。

(ロ) 民事訴訟法第九条に該当せぬことの主張

民事訴訟法第九条による特別裁判籍については「其の事務所又は営業所に於ける業務に関するものに限り」認められるものである。本件の如き組合員除名という人事事件について考えるに商品の売買の如き、業務に関するものとは全く異なるものであり、本件に於ては業務に関するものとは到底考えられない。よつて、民事訴訟法第九条に基ずく特別裁判籍の主張は妥当でない。

(ハ) 民事訴訟法第一五条に該当せぬことの主張

民事訴訟法第一五条による特別裁判籍については、不法行為による財産法上の請求に関するものであり、組合員除名処分無効確認の訴についてはあたらない。よつて、民事訴訟法第一五条に基ずく特別裁判籍の主張は妥当でない。

以上の如く、特別裁判籍が認められないとすると、裁判籍の原則たる被告の普通裁判籍に訴を提起せねばならない。

二、民事訴訟法第三一条による損害又は遅滞を避けるための移送の申立

本事件は正に人事事件に属するものであり、こと人事に関する一切の所轄については主たる事務所の所在地たる東京でなしているわけであり仙台市に於ては、人事に関する事務取扱は一切なされていない。

それ故、本件訴訟が仙台市でなされるとすると、人事に関する一件書類、関係人等がすべて仙台におもむかねばならず、それにては徒らに多額の費用と訴訟の遅延を生ずるおそれがあるので、本件を東京地方裁判所に移送されるのを相当と思料し、本申立をする次第である。

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